廉価版iMacの不可解なCPU選定の理由【2014.10.23追記】

 日本時間の18日21時頃、Apple Online Storeのメンテナンスが明け、廉価版iMacが発売された。これまでのラインナップで最も安かったiMacが128,800円(税別)であったのに対し、今回発売されたiMacは108,800円(税別)であり、確かに廉価であるが、その搭載するCPUのスペックの低さが話題となっている。この記事ではなぜそのCPUが選択されたのかについて考察したい。

廉価版iMacの仕様

 下の表は今回発売された廉価版iMacの仕様をまとめたもの。その他に、これまでの最安モデルだった21.5-inchのiMacMacBook Air Early 2014の最安モデル、教育機関向けに米国で発売されたiMac Early 2013も併記した。MacBook Airは今回の廉価版iMacと同じCPUを搭載していると見られている。教育機関向けのiMacは米ドルベースの価格が今回の廉価版iMacと同じ$1,099であった。

Low-price iMac iMac Late 2013 MacBook Air Early 2014 iMac Early 2013
Price (US) $1,099 $1,299 $899 $1,099
Price (JP) ¥108,800 ¥128,800 ¥88,800 -
Display 21.5-inch, 1920x1080 21.5-inch, 1920x1080 11.6-inch, 1366x768 21.5-inch, 1920x1080
CPU Intel Core i5 4260U 1.4GHz Intel Core i5 4570R 2.7GHz Intel Core i5 4260U 1.4GHz Intel Core i3 3225 3.3GHz
GPU Intel HD Graphics 5000 Intel Iris Pro Graphics 5200 Intel HD Graphics 5000 Intel HD Graphics 4000
Memory 8GB LPDDR3 8GB DDR3 4GB LPDDR3 4GB DDR3
Storage 500GB HDD 1TB HDD 128GB FLASH 500GB HDD

 廉価版iMacの分解記事より、外部チップセットは使われておらず、オンパッケージのチップセットのみで入出力を賄われていることがわかる。

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 UシリーズCPUのオンパッケージのチップセットはUSBを4つしか持たないため、内蔵カメラにUSBを利用した場合、背面の4つのUSB端子を含めるとUSBバスの数が不足する。よって、背面のUSB端子はオンボードのハブによって分岐されたものであることが予想される。

 また、オンボードメモリは4枚しか載っておらず、トータルが8GBであることからチップ当たり16Gbitであることがわかる。16GbitのメモリはApple製品ではおそらく始めての採用となるが、下の記事によると現在は8Gbitですら普及しはじめの段階らしく、16Gbitを使っているとは考えにくいため、8Gbitのチップ2枚を1パッケージに収めたものを使用していると見るのが妥当である。

2014.10.23 追記

 iFixit.comのロジックボード交換方法解説ページの写真より、メモリの型番を読み取ることができた。

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 写真によると、メモリはSK hynixのH9CCNNNBLTALARNTDであるようだ。

 LPDDR3では16Gbitをワンパッケージにした製品が既に普及しているようだ。LPDDR3は元はスマートフォンなどのモバイルデバイス向けのメモリ規格で、PoP*1オンボードで実装する消費電力削減を主眼としたメモリである。Androidスマートフォンなどでは2GB越えのメモりを搭載した製品も珍しくなく、16Gbit品が存在するのも当然であった。この記事の最初に執筆した当時はLPDDR3についての理解が浅く*2、16Gbitに過剰反応してしまった……。パッケージの中がひとつのダイで16Gbitなのか、8Gbitのダイが二つ入っているのかは未だに理解していない。

コスト説

 今回のCPU選択の理由についてコスト面から考察する。

 廉価版iMacと2013年に発売されたiMacシリーズ(iMac Late 2013)のローエンドモデルとの仕様上の差異をまとめたのが下の表。iMac Late 2013のチップセットは下のリンクのロジックボードの写真より、パッケージサイズが20mm x 20mmであることがわかるが、型番は特定できなかった。どうやらモバイル向けのチップセットを採用しているようだ。以下ではコストの比較のために、仮にIntelが対応するとするチップセットの中で最も高価と思われるIntel Q87 Chipsetとした。

Low-price iMac iMac Late 2013
Price (US) $1,099 $1,299
CPU Intel Core i5 4260U 1.4GHz $315 Intel Core i5 4570R 2.7GHz $255
Chipset - Intel Q87 Chipset $47
Memory 8GB LPDDR3 8GB DDR3
Storage 500GB HDD 1TB HDD

 チップセットを含めたCPUの価格は廉価版iMacが$315、iMac Late 2013が$302で、廉価版iMacの方がむしろ高コストである。メモリの価格差は不明。LPDDR3の方が高コストらしい。HDDはバルク品秋葉原で500GBが5000円程度、1TBが7000円程度なのでコスト差は多く見積もっても$20程度だろう。

 その他、仕様外の差異としてはロジックボードと電源が挙げられる。ロジックボードは4分の3ほどのサイズになり、電源も小容量のものになっているようである。しかしながら、半導体部品に比べるとこれらの原価は低く、大きなコスト削減とはならないだろう。

  • 廉価版iMacの分解写真

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  • iMac Late 2013の分解写真

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 ヒートシンクとファンの冷却機構は両モデルで共通のものが使われているようだ。21.5-inchのiMacは65WのCPUとNVIDIA GeForce GT 750Mを冷却できるように設計されており、廉価版iMacの15WのCPUにとっては明らかにオーバースペックである。熱に関しては常時ターボブーストするくらいの余裕があるかもしれない。当初は低TDPのCPUを採用することで冷却機構を簡素化し、コスト削減を狙っているのかと考えたが、分解記事を見る限りその手法はとらず、部品を使い回すことで新しい部品を設計・製造する手間を省いたようだ。

 さて、ここまで見て来たように、廉価版iMacは原価的には廉価でなく、高コストなCPU、メモリを使っており、iMac Late 2013と比較したトータルのコスト差は$50未満であると考えられる。コスト差が小さい最大の要因はCPUで、iMac Late 2013がデスクトップ向けCPUであるのに対し、廉価版iMacは高価なモバイル向けCPUを採用している。単純に低コストにしたいのならば、低スペックなデスクトップ向けCPUを採用すればよく、例えばIntel Core i3-4330TEは$122とされているので、CPUだけでiMac Late 2013に比べて$133のコスト減とすることができる。廉価版iMacは低コストにするための選択ではなく、低スペックにするための選択になっている。

 以上のことから、廉価版iMacのCPUの選定はコスト減を目的としたものではないということが読み取れる。

GPU

 では何が決め手かというと、GPUであると考えられる。コストでも、CPU性能でも、消費電力でも、パッケージサイズでもないとすれば、残るモバイルCPUのメリットはGPU性能ぐらいだ。

 Intelのデスクトップ向けHaswell CPUの内蔵GPUのラインナップは極端で、GT2であるIntel HD Graphics 4600の上はGT3eのIntel Iris Pro Graphics 5200となっており、GT3のIntel HD Graphics 5000やIntel Iris Graphics 5100が存在しない。そのため、安価でかつIntel HD Graphics 5000以上のGPUを持つCPUが存在しておらず、Intel Iris Pro Graphics 5200を持ち最も安価なCPUがiMac Late 2013のIntel Core i5 4570Rとなっている。

 一方で、モバイル向けCPUのGPUラインナップは豊富で、多くの選択肢がある。GT3のIntel HD Graphics 5000を持つCPUもいくつかあるが、その中で最も安いCPUが、廉価版iMacに搭載されているIntel Core i5 4260Uである。

 つまり、AppleIntel HD Graphics 4600以下のGPUを除外し、Intel HD Graphics 5000以上のGPUを持つ最も安いCPUを選定したと考えるのが妥当である。

 (まあ4600の方が実効性能は上なんですけどね。)

結論

 廉価版iMacは廉価版だが低コストではない。コスト的に差のない廉価版iMacを$1,099で売れるのなら、iMac Late 2013をもっと値下げしろよと思わないでも無いが、とにかく廉価版iMacのCPUは同コスト、低スペックである。

 CPUの選定はコストではなく、GPUブランドを重視して行われており、Intel HD Graphics 5000以上のGPUを持ち最も安価なIntel Core i5 4260Uが採用された。

おまけ

 今回の廉価版iMac関連の噂について簡単に振り返る。噂に踊らされるだけでなく、結果が出た後に振り返って、情報ソースの信頼性を確かめる作業・文化は重要だと思う。デマを見極める目を養うことができるし、無用なデマの発生・氾濫を防ぐことにも繋がると思う。

 KGI Securitiesのアナリスト、Ming-Chi Kuo氏は過去にもApple関連の正確な情報を出しており、この分野では既に有名。今回の廉価版iMacも昨年10月の時点に予測しており、おそらくこれが廉価版の情報として初出。今年4月には続報として開発の継続と2014年中旬の発売について言及している。

 一方で同氏はWWDC 2014直前の5月末に、WWDCと同時に8GBのiPhone 5sと廉価版iMacが発売されると予測しており、The LoopのJim Dalrymple氏によって否定されている。氏の"Nope."は的中率が高いらしく、Apple関連では有力な情報源となっている模様。

 フランスのWebサイト、MacGenerationは4月のMacBook AirのHaswell Refreshへのアップデートを1週間前に的中させた実績がある。今回のiMacでも同様に1週間前に翌週の発売を指摘した。Appleは通常火曜に製品を発売するが、今回はそれと異なり週の半ばから末にかけての発売となると指摘し、的中している。このサイトが得た情報はここまでの様で、このサイトが独自に予想したHaswell Refreshへのアップデートは結局行われなかった。発売1週間前の発売日に関する情報であることから、販売店付近の有力な情報ソースを持っているものと考えられる。

 中華圏のWebサイト、Feng.comの黄晓闷(Huang?)氏はWWDCにおいて4KクラスのiMacや薄くなったMac miniが発表されるだろうと述べていたが、いずれも実現しなかった。

 その他、OS X MavericksのBetaにおいて未発表のiMacモデルナンバーが埋め込まれているという情報があった。

 iMac関連の噂の振り返りは以上。次のアップデートはいつになるんでしょうかね。秋かな?

APPLE iMac 21.5/2.9GHz Quad Core i5/8GB/1TB/NVIDIAGeForceGT750M ME087J/A

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*1:パッケジオンパッケージ。CPUなどの上に重ねてメモりパッケージを実装する。

*2:今も大してわからんが